赤土流出のサンゴへの影響

阿部 寧・橋本和正・澁野拓郎・高田宜武

(石垣支所亜熱帯生態系研究室)

〔研究の概要〕
赤土流出によるサンゴへの生理的影響を調べたところ、ある種のサンゴでは、赤土沈降量が多い海域でクロロフィル含量や褐虫藻含量、タンパク質含量などの生理的活性が低く、サンゴの種類により赤土耐性に差のあることが明らかになった。
〔背景・ねらい〕
熱帯・亜熱帯地域では、農地利用や森林開発・道路建設などの結果、むき出しになった土壌の表層赤土が大雨によって流出し、濁流となって海へと流れ込んで海洋生態系に悪い影響を与える等の問題が生じている。赤土の海洋への流入は漁業資源や養殖業にも大きな被害をもたらし、観光産業に対しても大きな打撃となる。現在、沖縄県では1995年10月に施行された赤土等流出防止条例により、工事現場において発生した濁水を排出する際、200ppm以下にするように規準値を定めている。赤土が海洋生物に悪い影響を与えることは周知であるが、海洋生物の生理生態にどのような悪影響を与えるかについては明らかになっていないのが現状である。そこで、本研究では、サンゴ礁域の海洋生物の生活基盤であるサンゴの生理状態への赤土の影響を調べた。
〔成果の内容〕
赤土沈降量とサンゴの分布の関係を調べるために、石垣島周辺の造礁サンゴ域でサンゴ被覆度の調査を行うとともに、赤土の沈降量を求めた。その結果、造礁サンゴのうち最も目立つテーブル状サンゴや枝状サンゴの大部分を占めるミドリイシ類の被覆度は、赤土沈降量の増加とともに減少することが明らかとなった。ハマサンゴ類及びコモンサンゴ類は、ミドリイシ類と比較すると赤土沈降量の多い環境にも生育していた( 図1 )。 サンゴは褐虫藻という微細藻類を共生させ、褐虫藻は光合成で得たエネルギーをサンゴに供給している。ところが、赤土が海に流れ込んで海水が濁ると、褐虫藻が利用できる太陽光が弱められ、褐虫藻がサンゴに供給できるエネルギーが減少することが考えられる。そこで、赤土が多い環境に生育しているサンゴと赤土が少ない環境で生育しているサンゴについて、褐虫藻含量、褐虫藻が光合成する際に必要なクロロフィルという色素の含量を測定した。また、サンゴの栄養状態の指標として、タンパク質含量や乾燥組織重量を測定した。その結果、赤土が多い環境(調査点A)に生育するユビエダハマサンゴ(枝状ハマサンゴ)は、赤土が少ない環境(調査点B)で生育するものに比べ、タンパク質量・クロロフィル含量・褐虫藻含量が明らかに低い値を示し、赤土が生理的活性に悪影響を与えていることが示された( 図2 )。一方、赤土が多い環境で生育しているエダコモンサンゴ(枝状コモンサンゴ)は、乾燥組織重量・タンパク含量・クロロフィル含量・褐虫藻含量ともに少し低い値を示したが、統計的な違いは認められなかった。ミドリイシ類はエダコモンサンゴやユビエダハマサンゴが生育している調査点A周辺には生育していなかった。これらの結果は、造礁サンゴの種により赤土に対する耐性が異なることを示唆している。