食物連鎖・エナージーフローのトレーサーとしての安定同位体比分析手法
早瀬 茂雄*・西内 耕*・市川 忠史**・田中 勝久***
(*西海区水産研究所東シナ海海洋環境部高次生産研究室・
**中央水産研究所黒潮研究部・***中央水産研究所海洋生産部)

〔成果の概要〕
マレーシア半島西沿岸のマングローブ汽水域生態系で安定同位体比分析を行った結果、安定同位体は食物連鎖構造やエナージーフロー解析への有効なトレーサーであることが示され、この手法を東シナ海沿岸生態系や内湾生態系の解析に適用していく展望が開けた。
〔背景・ねらい〕
本手法は、国際農林水産業研究センターとマレーシア研究機関との5年間にわたる共同研究プロジェクトに参画する中で検討を重ねたものである。生物体を構成する主要生元素である水素(1H)・炭素(12C)・窒素(14N)・酸素(16O)等には質量数の異なる安定同位体が存在する。特に炭素と窒素の安定同位体(13C・15N)は餌となる食物を通して捕食者の体内に蓄積される。通常、餌とその捕食者の13C/12Cにはほとんど差がなく、15N/14Nは栄養段階が一つ上がる毎に約3‰高くなることが知られている。したがって生物体内の13C/12Cや15N/14Nを調べることにより、その生物が何を食物源としているか、あるいは、どの栄養段階にあるかが推定できる。本研究では、マングローブ汽水域生態系の食物連鎖構造や、エナージーフローを把握する手段として、生態系を構成する様々な生物(マングローブ葉・底質堆積物・二枚貝・水中有機懸濁物・エビ・カニ類・魚類・イカ類)の炭素と窒素の安定同位体比を測定・解析した。
〔成果の内容〕
  1. 水中有機懸濁物の炭素安定同位体比(POMδ13C)と塩分濃度とは正の相関を示し、その傾斜及び相関係数はマングローブの開発度合が低い汽水域生態系の方がより高かった(図1)。これは河川の上・中流域の有機懸濁物がマングローブ葉由来のデトリタスによって構成されていると考えられるのに対して、河口域や干潟域の有機懸濁物は海洋起源の植物プランクトン由来のデトリタスによって構成されていることを示唆している。
  2. 炭素と窒素の安定同位体比分布図(δ13C−δ15Nマップ)では、炭素・窒素とも最小値はマングローブ葉(及び河底堆積物)で、最大値はハマギギ科魚類であった。テンジククルマエビやノコギリガザミは両者の中間値を示した(図2)。
  3. これらの結果からマングローブ葉を起源としてデトリタスが生成され、デトリタス食のエビ・カニを介してエビ・カニ幼稚仔を捕食する高次魚類やイカ類へエネルギーが伝達されるエナージーフローの移行経路が判明した。また、開発度合の低い生態系程伝達経路の鎖がより複雑となることが示唆された。
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