イセエビの幼生期初期から中期における分布生態


[要約]
イセエビ幼生初期から中期における分布生態の解明に取り組んだ。その結果、九州西岸域では夏期に孵化した初期幼生が7〜8月には沿岸域に広く分布しているが、9月以降には出現しないこと、本州沖の黒潮を越えた水域では冬期に中期以降の幼生が分布することなどが確認され、1年に及ぶと考えられている本種幼生期の比較的初期において黒潮の沖合に移送される実態が示唆された。
西海区水産研究所 海区水産業研究部 沿岸資源研究室
[連絡先]  095−833−2697
[推進会議] 西海ブロック
[専門]   資源生態
[対象]   イセエビ
[分類]   調査
[水産研究技術開発戦略別表該当項目]2(3)重要沿岸生物資源の生物特性の解明

[背景・ねらい]
近年、九州周辺でのイセエビ漁獲量は減少の一途にあり、本邦漁獲量全体に占める割合は、60年代後半の約50%から最近は約20%までに後退している。資源の回復が求められているが、再生産機構が不明であるために有効な策を見出せないのが実状である。この主要な原因の一つとして、本種特有の長期浮遊幼生期の移送過程に関する知見の不足があるが、中でも孵化直後の初期と冬期の中期幼生については採集報告さえ極めて少ない。 このため、沿岸資源研究室では幼生初期から中期の分布生態の解明に取り組んでいる。

[成果の内容・特徴]

  1. 1994〜99年の陽光丸による9回の調査航海で得られたIKMT傾斜曳き(最大水深130m)によるサンプルを調べた結果、7〜8月の3航海においてT〜X期に相当するイセエビ幼生192個体が出現した。一方、9-10、1-2、4月に行われた6航海では、イセエビ幼生は全く出現しなかった。
  2. 九州周辺における本種産卵期は5〜8月であることから、孵化後4ヶ月以内に沖合へ移送されることが示唆された。
  3. 1989〜92年の冬期に東北水研が本州沖合域で行った稚魚ネット表層曳網によるサンプルを調べた結果、Y〜]期に相当する中〜後期幼生が11個体出現した。採集された地点は、いずれの年も黒潮流軸より南側の水域に限られていた。
  4. 黒潮沖合では、中規模渦の西方への移動が観測されており、中期幼生の移送にこの渦が関与する可能性が示唆された。
  5. ポストラーバの着底時期ではない3月に最終期幼生が出現していることは、本来のスケジュール通りには移送されない場合があるという長期浮遊期のデメリットを示す例と考えられる。
[成果の活用面・留意点]
 本種幼生の分布については、和歌山県田辺湾で初期幼生が8月まで出現するとの報告(Harada,1957)と、最終期幼生が薩南海域の黒潮域に優占的に分布するという報告(Yoshimura et al., 1999)以外は、まとまった採集に基づく知見はない。本研究により九州西岸域での初期幼生の分布状況が初めて明らかになるとともに、最も知見の少ない中期幼生についても情報が得られ、幼生が黒潮とその沖合域を含めた広範な水域を移送される可能性が示唆された。本種の再生産機構を検討する上で、貴重な情報である。
なお、本邦に分布するイセエビ属6種のうち、イセエビとカノコイセエビの幼生に形態的差異が知られていない。本研究では、親個体群の分布域や資源量に基づいて種を推定したが、将来はDNA解析に基づく確実な査定が必須であり、現在検討を進めている。

[具体的データ]
図1 九州西岸域におけるイセエビ幼生の季節別分布(1994〜1999年の集計)
図2 九州西岸域に出現したイセエビ初期幼生のステージ別体長組成。ステージングキーはMastuda&Yamakawa(2000)に従った。
図3 冬期における黒潮沖合水域でのイセエビ幼生の分布
図4 黒潮沖合水域に出現したイセエビ中〜後期幼生のステージ別体長組成。ステージングキーは図2と同様。

[その他]
研究課題名:イセエビ増殖場の造成と管理のための技術開発
予算区分:水産庁・沿岸漁場整備事業調査費、経常研究
研究期間:平成11〜14年度
研究担当者:吉村 拓、森永 健司、白井 滋、大下 誠二、小西 芳信
発表論文等:Palinurid phyllosoma larvae and their distribution in winter off the Pacific coast of Japan.
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