赤土がサンゴの遺伝子発現に与える影響
橋本和正・澁野拓郎・阿部 寧・高田宜武
(西海区水産研究所石垣支所亜熱帯生態系研究室)
 
[成果の概要]
 赤土添加時に発現が誘導されるサンゴの遺伝子を得るため、ディファレンシャル・ディスプレイによる遺伝子発現解析を行った。その結果9つの遺伝子断片が得られ、このうち1つはストレスタンパクの一種と良く似た塩基配列であった。このことから、ストレスタンパクの発現が赤土によって誘導されたものと推察された。
 
[背景・ねらい]
 造礁サンゴ類の保全対策を考える上で、サンゴの健康状態を明らかにすることは重要であるが、その評価手法はこれまで確立されていなかった。サンゴは固着性なので、周囲の環境に変化が起こっても逃避行動は取れないが、何らかの遺伝子発現を誘導して環境変化に対抗していると考えられる。従ってそのような遺伝子が単離できれば、その発現量からサンゴの健康状態を推定できると期待される。今回は、現在沖縄で問題となっている赤土がサンゴの遺伝子発現に与える影響について解析を行った。
 
[成果の内容]
  1. ハナヤサイサンゴ2群体から枝を取り、500ppmの赤土を含む海水中で4時間飼育した。このサンゴ枝からRNAを抽出し、逆転写酵素によりcDNAを得た。このcDNAを鋳型とし、10塩基のプライマー(増幅を始める起点)を用いて遺伝子増幅反応(PCR)を行い、そのバンドパターンを比較した(この手法はディファレンシャル・ディスプレイと呼ばれている)。その結果、図1に示すように、赤土の有無でバンドパターンが変化することが分かった。このことは、遺伝子発現が赤土の有無によって影響を受けることを示している。
  2. 図1で赤土添加時にのみ見られるバンドは、赤土によって発現が誘導される遺伝子を示すと考えられる。そこでこのようなバンドをゲルから切りだし、現在までに9つの遺伝子断片について塩基配列を決定した。
  3. 得られた塩基配列を遺伝子データベースと照合したところ、9つのうちの1つ(図1の”D9-250”)がヒトGRP78遺伝子と良く似た配列であることが分かった(図2)。その他については、既知の遺伝子との相同性は見いだされなかった。
  4. GRP78遺伝子はストレスタンパクHSP70ファミリーの一つとして知られている。今回の結果から、赤土はサンゴのGRP78様遺伝子の発現を誘導するものと推察された。
  5. ディファレンシャル・ディスプレイを行うことにより、環境要因によって発現特性の異なる遺伝子を単離できることが示された。今回得られた遺伝子は赤土以外の環境要因によっても発現が誘導される可能性がある。今後は他の環境要因についても同様の実験を行い、赤土に対してのみ発現量が増加する遺伝子の探索を進めていく予定である。
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