粘質状浮遊物調査

平成19年粘質状浮遊物原因生物究明調査結果報告


平成19年12月

  福岡県水産海洋技術センター有明海研究所
  佐賀県有明水産振興センター
  長崎県総合水産試験場
  熊本県水産研究センター  
  (独)水産総合研究センター西海区水産研究所
   

T 調査結果 
 平成15年と16年の春季(4月から5月)に大量に出現し、漁業被害をもたらした粘質状浮遊物の原因生物は植物プランクトンであり、特に珪藻類が産出するTEP(透明重合物質粒子)に懸濁物等が付着・凝集して形成されるとの仮説のもとに調査・研究を実施した。平成19年春季は、植物プランクトンの出現についてクロロフィルを表層連続観測して、粘質状浮遊物の出現時期を予測するとともに、その関連性を検討した。
 また、長崎県総合水産試験場及び西海区水産研究所において、各種珪藻類を培養し、粘質状浮遊物の形成状況を検証した。

1.粘質状浮遊物の発生状況と環境要因の把握
(1)クロロフィル量
 有明海奥部に設けた観測点(図1・表1)において自動観測機器によるクロロフィル色素等の連続観測及び採水を行った。連続観測では、3月15〜20日に4観測点内の湾奥3点の表層(水深1m)で10μg/Lを超える高い値を示した(図2)。その後10μg/L程度の濃度で経過した。4月10日以降に六角川沖で10μg/Lを超える高い値を示したが、沖神瀬西及び大浦沖では低い濃度で経過した。5月8〜14日にかけて湾奥3点で20μg/Lを超える高い値を示した。
(2)TEP量
 自動観測機器による観測地点でのTEP分析用の試料を採取したが、その定量分析手法を再検討する必要があることから、現時点ではTEPの分析を実施しておらず、試料を冷凍保管している。
(3)粘質状浮遊物
 平成19年2月27日に島原漁協から粘質状物質の出現が疑われる情報が寄せられたことから、長崎県が調査を行ったところ、糸状浮遊物を確認した。しかし、その後は、粘質状浮遊物の発生情報はなかった。
 平成19年9月18日に佐賀県鹿島市沖で粘質状浮遊物が観察された。海水中には珪藻が多く、細胞容積では大型珪藻のCoscinodiscus spp.が主であった(表2)。植物プランクトンをアルシアンブルーで染色したところ、Coscinodiscus spp.がよく染色されたのに対し,Skeletonema costatum, 渦鞭毛藻および動物プランクトンはほとんど染色されなかった(図3)。このことから、Coscinodiscus spp.がTEPを産生していることが推察された。
 平成19年10月8日に島原漁協より、浮遊物が発生して漁具に付着するとの情報が寄せられたことから、長崎県総合水産試験場が10月12日と15日に、西海区水産研究所が10月14日に島原沖(図4)で調査を行った。長崎県総合水産試験場が採取した糸状浮遊物を観察したところ、大型珪藻のCoscinodiscus spp.が観察された。西海区水産研究所の調査における目視観察及び採水試料では粘質状浮遊物(もしくは大型懸濁物)を認めることはできなかったが、海水中の植物プランクトン組成はCoscinodiscus spp.が主で、これをアルシアンブルーで染色したところ、よく染まり、TEPを産生していることが確認できた。
(4)植物プランクトンと粘質状浮遊物との関連性についての考察
 これまでの成果及び既往の知見により、植物プランクトンがその分解過程においてTEPを産出し、それに懸濁物等が付着・凝集して粘質状浮遊物になるとの仮説に基づいて調査結果を検討した。その結果、平成19年春季は、前年と同様に、自動観測機器によるモニタリングも加えて調査に当たったが、植物プランクトンの分布量は低密度で経過し、粘質状浮遊物がほとんど発生しなかったことから、仮説を検証するには至らなかった。
 しかし、秋に粘質状浮遊物が発生した際の植物プランクトン及び粘質状浮遊物の観察結果から、珪藻、中でもCoscinodiscus spp.が粘質状浮遊物の原因となっていたことが推察された。

2.珪藻の培養試験による粘質状浮遊物の観察
 有明海の底泥から単離した珪藻11種(Actionoptychus senariusAsterionella glacialisChaetoceros lorenzianusCoscinodiscus sp.、Cylindrotheca closteriumEucampia zodiacusOdontella mobiliensisRhizosolenia setigeraSkeletonema costatumThalassiosira mala)を培養し、フロック(粘質物の塊)の形成を観察したところ、R. setigeraを除く10種がフロックを形成することが観察された(図5)。
 A. senariusCh. lorenzianusCoscinodiscus sp.およびT. rotulaのフロックには比較的強い粘性が認められ、特にA. senariusCoscinodiscus sp.のフロックは2〜3日沈殿しなかった。これに対し、E. zodiacus, O. mobiliensis, S. costatum、およびT. malaのフロックの粘性は弱く、A. glacialisと、C. closteriumのフロックには粘性が認められなかった。A. glacialisS. costatumのフロックは容易に分散するのに対し、他の4種は分散しにくかった。このように、フロックの特性は種により大きく異なった。
 これらの珪藻11種をアルシアンブルー染色した結果、いずれの種にもTEPの存在が確認された。A. senariusCh. lorenzianusCoscinodiscus sp.、E. zodiacusT.mala 及びC. closteriumは青く染色される箇所が多かったことから、TEPを多量に産生しているものと推察された(図6)。

U 残された課題

(1)現場海域における粘質状浮遊物の発生機構の解明
(2)培養試験による粘質状浮遊物の形成過程の検証
(3)粘質状浮遊物の発生予測手法の開発
(4)粘質状浮遊物の抑制手法の開発

V 今後の対応

1.モニタリング調査の継続
 西海区水産研究所及び有明海沿岸4県が共同して、自動観測機器によるクロロフィル量等の連続観測を含め、粘質状浮遊物と海洋環境のモニタリング調査を継続する。なお、すでに有明海奥部4点の連続観測を19年11月より実施中である。

2.粘質状浮遊物の発生機構の解明
 西海区水産研究所は水産総合研究センター交付金一般研究課題「有明海における粘質状浮遊物浮遊物の原因究明と発生機構の解明」(平成19〜22年)において、長崎県総合水産試験場との共同ならびに他の有明海沿岸3県の試験研究機関の協力により、培養試験による粘質状浮遊物の形成過程の検証を行うとともに、現場海域における調査結果と培養試験の結果をもとに粘質状浮遊物の発生機構の解明に取り組む。


トップページへ戻る