独立行政法人 水産総合研究センター 西海区水産研究所
研究トピックス No.4
 有明海に出現する海坊主(根口クラゲ類)の生態を探る

 近年、我が国沿岸にはエチゼンクラゲという巨大なクラゲが大量に来遊し、多大な漁業被害をもたらしました。エチゼンクラゲの名前は、最初に本種が記録された福井県の旧国名(越前)に由来していますが、本種の被害が増大する中、「エチゼン」を冠した名前は福井県の印象を悪くするという理由で、このクラゲを指して「大型クラゲ」と呼称するようになりました(以下、エチゼンクラゲを「大型クラゲ」とする)。しかし、我が国沿岸に出現する巨大なクラゲは、これだけではありません。エチゼンクラゲほど大きくはありませんが、有明海には傘径が70〜90cmにもなる「海坊主」のような2種類の巨大なクラゲ、ビゼンクラゲ(写真1〜3)とヒゼンクラゲ(写真4〜5)が分布しており 注1)、一部の地域では食用として漁獲されています。前者は、その昔に岡山県沿岸で大量に漁獲され、名産品となっていたこと等から、岡山県の旧国名(備前)に因んでこの名が付いたようです。本種は体色が紫色〜赤茶色であることから、有明海沿岸では「アカクラゲ」とも呼ばれています。後者は主要産地である佐賀県の旧国名(肥前)からその名が付いたようで、白っぽい体色から有明海沿岸では「シロクラゲ」とも呼ばれています。
 西海区水産研究所では、水産庁補助事業の「大型クラゲ国際共同調査事業」により、東シナ海や九州西方海域において「大型クラゲ」の発生予測のためのモニタリング調査を実施していますが、一方では、ビゼンクラゲやヒゼンクラゲが「大型クラゲ」と同じ根口クラゲ類に属する近縁種であることや、「大型クラゲ」の発生源水域と考えられる黄海・渤海の中国沿岸域と有明海が似ていること等から、農林水産技術会議プロジェクト研究の一環として、有明海のビゼンクラゲやヒゼンクラゲの生態を解明して、「大型クラゲ」の発生予測に役立てる研究を進めています。 これまでの調査・研究により、有明海では、4〜5月に湾奥の河口域にビゼンクラゲの稚クラゲ(若齢クラゲ体)が多数出現することが確認されました(写真6)。これらの稚クラゲは、成長とともに河口から沖合へと分布域を変化させ、夏〜秋に巨大化することが判りました。しかし、食性、産卵、幼生の分布など不明な点が多く、現在はこれらを解明すべく調査・研究を進めています。また、湾奥から大型個体が姿を消した冬季 注2)に、湾中央部の底引き網に老成個体が大量に入網して漁業被害を引き起こしたことから、今後はクラゲが死に至る過程についても調査・研究を実施する必要があると考えています。


注1)
平成18年度に有明海において「大型クラゲ」(エチゼンクラゲ)が発見されましたが、その後の調査により、発見された個体は湾外からの来遊個体であり、湾内での繁殖は無いとされました。有明海の根口クラゲ類としては、ビゼンクラゲ・ヒゼンクラゲの他に、小型のタコクラゲが分布します。

注2)根口クラゲ類の寿命は通常1年なので、冬季には死ぬと考えられます。

写真1:船縁に引き寄せられたビゼンクラゲ

写真2:船上に揚げられたビゼンクラゲ

写真3:解体されるビゼンクラゲ

写真4:サイズ計測中のヒゼンクラゲ

写真5:船上に揚げられたヒゼンクラゲ

写真6:平成21年4月に佐賀・六角川河口で採集されたビゼンクラゲの稚クラゲ(平均傘径33.3±5.9mm 中央はスケール代わりの10円硬貨)
同じ調査海域でも・・・
  写真7(上):スタンバイ中のアンコウ網漁船。潮汐流の流心が漁場となる。
  写真8(下):海面に立ち並ぶノリヒビ。11〜3月には、調査海域はノリ漁場へと変貌する。