トラフグの分布・回遊に関する遺伝的解析の試み
青沼佳方・上田幸男
(東シナ海漁業資源部底魚生態研究室)
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[成果の概要]
- 長崎県、福岡県および香川県から採集した天然トラフグ親魚の遺伝的解析を行った。その結果、(1)調節領域において4つの制限酵素で多型現象が見られ、長崎県産トラフグ(図1)は、他海域産のトラフグに比べ遺伝的多様性が低い傾向を示した。(2)このことは他海域に産卵場をもつ福岡県産および香川県産トラフグが索餌回遊後に長崎県の産卵場である有明海へ迷い込む可能性が低いことを示唆している。
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[背景・ねらい]
- トラフグは日本の伝統的食文化に根ざした高級魚であり、その身はフグ鍋(てっちり)、フグ刺し(てっさ)等、また各鰭および脊椎骨はひれ酒や骨酒として珍重されている。しかし近年その資源量は激減しており、早急な資源回復の方策が検討されている。この資源の減少に歯止めをかけるためには、漁獲量を減らす等の具体的方策に加えて、回遊経路、産卵場への回帰のメカニズムなど本種の生態的・生理的知見を得ることが重要である。
本種は特定の産卵場をもち、春季にそこで産卵した後に夏季〜冬季にかけて索餌回遊を行い、 春季になるとまた産卵場に戻ってくることが知られている。その回遊経路を探るため、アーカイバルタグを装着しての放流実験を行っているが、再捕率の低さから明確な結果は得られていない。本研究ではトラフグが索餌回遊の後、元の産卵場に回帰してくるならば、それぞれの産卵場ごとに遺伝的な差異が生じる可能性があるという仮説に基づき、予備実験としてmtDNAの調節領域の制限酵素多型現象を調べた。
[成果の内容]
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調査海域:有明海で採集されたトラフグを長崎県産、玄界灘で採集されたものを福岡県産、瀬戸内海の高松で採集されたものを香川県産とした。
- 制限酵素多型解析:各地から採集されたトラフグの尾鰭または背鰭からmtDNAの調節領域全域を増幅し、9種類の4塩基対認識制限酵素で切断して多型現象を調べた。その結果、HaeIII、HapII、MboIおよびXspIの4制限酵素から多型が観察された(図2)。
- 産地間比較:長崎県産トラフグではHapIIのみで多型現象が観察されたのに対し、福岡県産ではXspI以外の3制限酵素で、香川県産では4制限酵素全てで多型現象が観察された(図3)。Haplotypeの頻度を比較してみると、特に顕著な差として長崎県産トラフグのMboIではHaplotype B型が0%であるのに対し、香川県産のそれは42.9%と半数近く出現した(表1)。
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産卵場回帰の可能性:それぞれの産地で独自の遺伝子配列が見られなかったことにより、本調査からは厳密な産卵場回帰性は確認されなかった。ただし長崎県産トラフグの遺伝的多様性は他県産トラフグより低いことより、長崎県産トラフグは他地域との遺伝的交流が低いことが示唆された。
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[具多的データ]
- 図1 トラフグ
図2 多型が検出された制限酵素切断型
図3 産地別Haplotypeの出現頻度の模式図 水色:A型 赤:B型
表1 Haplotype頻度
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